Eriko Ito

東京の、とあるソーシャルセクター(中間支援NPO)に勤めて約6年。期間限定でSeattleのNPOに参画後、帰国して出産しました。NPOスタッフが感じるあれこれを発信していきます。

新しい学校教育のかたち - Most Likely to Succeedを見て

最近、私の周辺(主に教育系NPOの方々)を騒がせている映画「Most Likely to Succeed」の上映会に夫婦で参加してきました。

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Most Likely to Succeedについては、上映会を開催している以下の団体のサイトが詳しいので、ぜひご覧ください。

FUTUREEDU TOKYO

www.futureedu.tokyo

Most Likely to Succeed」 は、「人工知能 (AI) やロボットが生活に浸透していく21世紀の子ども達にとって必要な教育とはどのようなものか?」というテーマについて、「学校は創造性を殺しているのか?」TEDトークで著名なケン・ロビンソン卿、カーンアカデミーサルマン・カーン氏、ハーバード・イノベーション・ラボ所属の、トニー・ワグナー氏などの有識者や多くの学校取材を2年間積み重ねられ制作されたドキュメンタリー作品です。2015年の公開以来、7000以上の学校や図書館、公民館といった公共施設や、SXSW edu を含む教育カンファレンスなどで上映されています。

米国のカリフォルニア州にある High Tech High というチャータースクールに通う二人の高校1年生の成長を追いかける過程で、日本と同様な受験偏重型教育と、生きる力を身につける実践的な教育のバランスをどう考えるかなど、国は違えど似た状況も多く、教育を取り囲む様々な視点について考えさせられる作品です

 

我が家の娘は今年の前半で2歳になります。北海道出身で、地方あるあるの「公立校が最もレベルが高く、安定した教育環境を提供している」地域出身の私と、「クラスの半分以上が中学受験をする」地域出身の夫。

 

それぞれが経験してきた教育環境は違えど、共通した認識なのは「自分たちが受けてきた教育では、娘の生きていく時代には立ち行かなくなる」ということでした。

一方で、「より良い教育環境」を求めたとしても、今持っている情報では定番なルートしか示しません。

「有名幼稚園にお受験で入れて、小学校受験をさせて、エスカレーター式で大学まで?」、もしくは「激戦の中学受験」をさせる?

本当にそれでいいのだろうか。現在の仕事の50%は概念を獲得したAIに代替されると予想されている。しかも技術進歩のスピードを考えるときっとそれ以上だろう。

 

娘が幸せに生きていくために、親である私たちは何ができるだろうか。

そう考えたのが始まりです。

 

幸せに生きていく要因はいくつもあると思いますが、最も重要なものの一つは「教育環境」だと考えています。人は環境によって成長し、自ら成長するスパイラルに入っていける。

娘が幸せに生きていくための学校って、どんな学校だろうか。

そんなことを考えながら日々情報収集をしていたところ、この映画を知りました。

結論から言うと、すっごく面白かった!

そして夫婦揃って「公立校」ではない、娘に合った学校を探そう(かといってお受験させるブランド私立校ではないと思う)という結論で合致しました。

 

以下、映画を見た所感。

1. 「新しい教育」のかたちは素晴らしいが、基礎学力がつかず、結果として彼女の「出来ること」を狭めることになるのではないか。という疑問が解消された

学校に居る時間は限られています。そしてテキスト・ラーニング(教科書による授業)は、今ですら詰め詰めで、既定の時間内に内容を終わらせるだけで手一杯。

一方で、アメリカ留学時に受けた大学の統計学101の授業では、「英語での理解が大変だけど、内容は小学校~中学校レベル」の説明が繰り返し、繰り返し行われていました。同じく詰め込み教育を受けてきた中国人、韓国人、そして日本人は英語さえ理解出来ればあとは楽勝、という感じ。

詰め込み教育と批判されがちですが、一定水準以上の授業がしっかりと行われてきたことによる、高い基礎学力は評価されて然るべきだと感じています。

そうした基礎学力は、新しい学校教育の形では身につかないのではないか。その結果、娘が「出来ること」の幅が狭まるのではないか。そんな疑問を持っていました。

映画の中では、その疑問に一つの回答が示されていました。

詰め込み教育やテキスト・ラーニングに代わる新しい教育スタイルとしては、PBL(プロジェクト・ベースド・ラーニング)等があります。

映画の中でも、PBL型授業が行われる学校が紹介されていました。あるプロジェクトが生徒に課され、プロジェクトを実行していく中で必要な知識やスキルを身に着ける、科目横断型の手法です。

プロジェクトといっても、図工の時間に制作物を創るのとは訳が違い、生徒たちは半年間かけてテーマに取り組み、その中で「国語・歴史・物理・数学・生物・美術」等の知識・スキルを習得していきます。

 

こうして、テキストは使わないものの、教師の絶妙なファシリテーションにより、生徒たちは自然と「学ぶべき時に必要な知識を学ぶ」といった事が行われる訳ですが、その学校の教師(いずれの教師もハイレベルな知識を有した人物)も、映画の中ではっきりと言っていました。

「この学校で行われるPBL型授業では、テキスト・ラーニングで学ぶ内容の40-60%しかカバーできないだろう。」

PBL型授業では、チームでのコミュニケーションにも時間が取られるため、テキストで学ぶのより効率が悪いのです。

この学校に通わせている親からの率直な疑問も紹介されていました。

「この学校に通っていて、本当に大学受験はパスできるのかしら。」

(実際には、この学校の卒業生が有名大学に進学する割合は同じ州の州立高校より高いという結果が出ているそうです)

 

この疑問はまさに私が知りたかったことの一つでした。この問いに対して、映画内での回答は「それでもコミュニケーション・スキルやクリティカルシンキング等のソフトスキルを身に着けることの方が、子供たちにとっては重要なのではないか」ということ。

…まあ、そうなんだけど、それはもう知ってるし…それでも気になるから別の角度の意見が知りたいんだよなぁと思っていたところ、ピンとくる内容がありました。

 

それは、「統一テストで優秀なスコア(A)を取った学生たちが、数週間後に同じテストをもう一度受けたら、軒並み低スコア(E)を取った」という研究結果です。

つまり、「詰め込み知識でテストは乗り切れるけど、すぐに忘れてしまう。学校で教えられるのは不活性知識である」ということ。

…そっか。忘れちゃうのか。確かに私も覚えてないもんな…

ここから以下の2点を考えました。

  1. 忘れてしまう知識を詰め込むことに時間を使うより、「必要になった時に自ら学べる力を身に着けることが有意義なのではないか」、「学びたい、取り組みたいという意欲を育むことの方が結果として、”忘れない知識”習得に繋がるのではないか」

    私は30歳を超えて今さらながら統計学の勉強を始めていますが(仕事で必要に迫られて)、学生時代はチンプンカンプンだったものが今、興味を持って勉強すると理解が早い早い…そして面白いです。習ったことも忘れない。でも、「学ぶことは面白い」ということがインプットされてないと学ばないと思うんですよね。だから、学校で体験させるべきことは「学ぶ面白さ」なんだろうなと思いました。

  2. 今、「学ぶべき」と言われている内容は本当に「全てを学ぶべき」内容なんだろうか?
    これ、そもそも論ですが、教科書に載っているのは「文科省制定の内容」であって「激動の変化がある未来からの逆算で設定された学ぶべき内容」ではないんですよね。そして学んでいる理由は「大学受験に必要だから」。
    この状況に一度疑問を投げかけてみる必要があるなと感じました。

2.忍耐力は育まれるのか?

私もちょっと古い考えな人間なのかもしれませんが…笑

「質は量から生まれる」と考えている人間で、新しいことを始めるにはまず「量をこなす」ことの大切さを信じています。一方で、新しい事なので最初は出来ないことが多いですし、失敗して落ち込んだり、とにかく「量をこなす」ことは大変。

こんな時、これまで育まれた「忍耐力」に助けられているなぁと感じるのですが、PBLって忍耐力って育まれるのかな、テストに向かってがむしゃらに何時間も勉強したから身についたんじゃなかったかな。と思った訳です。

しかし、映画の中で語られていたことには大変納得しました。

曰く、「プロジェクトは、いわゆるものづくり。ものづくりは、長い時間をかけて完成させていくものだからすぐには報酬は発生しない。しかし、テストでAを取るのは、すぐに報酬が発生するもの」。

うん、確かに。仕事も一緒で大きなプロジェクトになればなるほど、ゴールは遠い。それでも完成に向けて進めていく、というのはすごい忍耐力だ。(しかも一人で出来る勉強とは違って、チームでやらなければならない。)

きちんと設計されたPBL型授業では、社会に出た時に必要な忍耐力も育まれるんだろうなと感じました。

3.どんな人間が育まれるのか?

この疑問については「良く聞かれるけど、人それぞれだから、なんとも言えない」という回答。(それはそーだ。そういうことを大事にしている学校だから。笑)

でも、映画で紹介された生徒の中で、印象に残った生徒がいます。

映画で追ったのは、4週間かけてエキシビションに向けてチームで制作物を創る授業。「文明が起り、滅ぶまでを理論化し、具体的なものを作る」というのがお題でした。

ある男子生徒は、次から次へと新しいアイディアが思い浮かび、それを口に出さずにはいられず、またそのアイディアにワクワクして次々と設計図を更新していく、そんな男の子。

技術クオリティ責任者でもあったのに、そうした性質もあって、結局エキシビションまでにものを完成させられませんでした。複数あるチームの中で、完成に至らなかったのはその男の子のチームだけ。そして完成しないのは、本当にごく稀なことだそうです。

そんな男の子に対して、エキシビションの振り返りを授業で行った時の教師からのフィードバックは

「あなたは、ビジョナーだけど、プランニング力や人のアドバイスを聞く力が足りなかった。それは反省点。でも、私たちはあなたの良さであるビジョナーな所を失ってほしい訳ではないの。」

男の子もそれに対して「自分は、技術責任者で皆を引っ張っていく立場だったのに…」と反省をしていました。

「努力が報われなかった時こそ、自分自身を見つめなおすきっかけになる。今回のことがあったから、彼は自分の不足していることを受け止められただろう」と教師は語ります。

素晴らしいなぁと思ったのは「あなたの良さを失ってほしい訳ではない」と教師から明確に伝えられたところ。また、不足している点について、安心安全な環境でフィードバックがあり、こうしたトレーニングを積むことで成長し、自信を深めていくんだろうなと感じました。

感想は「疑問が解消されてすっきりした!」

内容からの学びもさることながら、ドキュメンタリーとしても非常に面白かったです。登場する生徒の成長に感動して、5回くらい泣きました。(笑)

内容について、まだまだ書き足りないけど、長文になったのでこの辺りまで…。

 

あ、あとこの上映会を主催した会社の代表のメッセージが朗読されたのですが、その中で仰っていた、「自分のものさしで、自分の幸福度を決められる人になることが、今、大事なのではないでしょうか」という一言にいたく納得。混沌とした、多様な価値観が普通になる世界において、「私の幸福」は自分で決める。これが一番「私、今しあわせだな」と思えるようになるんだろうなと思いました。